2007年
09月
05日
(水)
21:00 |
編集
歌を歌うときは胸ではなくてお腹で息を吸わなければいけない
と、よく言うけど
どうやって吸うのか、というと実際よく分からない。
いろいろなやり方がありそうだ。
たとえば猫背になっている状態で
お腹に息を入れようとすると
イメージとしてはお腹を前方向に膨らます方が吸いやすい。
けれども、胸を張った状態でこれをやろうとすると
全然吸えません。お腹が膨らまないんです。
じゃあ、どうするか、というと
お腹を下に引っ張るように
お腹の下側に空気を入れるイメージで息を吸うと空気が入る。
で、その下に広げたままの状態を保とうとすると
それがそのままお腹の支えになる。
お腹を使う
と一口に言ってもいろいろあるわけで、
以前の僕はお腹を外側へ広げるようなイメージを持っていた。
けれども、たぶんもっと下方向への意識が必要だったのだろう
と思った。
(もちろん、斜腹筋を使わないといけないので外への意識も必要)
某先生のレッスンで
1、胃を中に入れて
2、背中をひきつけて
3、お腹は支える
4、肩はリュックサックを背負うように下方向への力に抗うようなイメージ
という指示を頂いた。
四つも同時に言われて全部出来ないよ!
って思ったけど、
ひとつやると全部が出来てしまった。
というか、その形しか存在しない。
つまり、全ての体の使い方は独立したモノではなくて連動している。
それが体感出来たことが大きい。
まだまだ、不完全なので
反復練習が必要だし
ガチガチに力が入っている。
どこをどんな感じで抜けばいいのかも
加減が分からない。
時間はかかりそうだ。
が、とりあえず
何かが改革された事を実感している
それはあくまで改革であって
改善か改悪かは今の段階では分からない。
と、よく言うけど
どうやって吸うのか、というと実際よく分からない。
いろいろなやり方がありそうだ。
たとえば猫背になっている状態で
お腹に息を入れようとすると
イメージとしてはお腹を前方向に膨らます方が吸いやすい。
けれども、胸を張った状態でこれをやろうとすると
全然吸えません。お腹が膨らまないんです。
じゃあ、どうするか、というと
お腹を下に引っ張るように
お腹の下側に空気を入れるイメージで息を吸うと空気が入る。
で、その下に広げたままの状態を保とうとすると
それがそのままお腹の支えになる。
お腹を使う
と一口に言ってもいろいろあるわけで、
以前の僕はお腹を外側へ広げるようなイメージを持っていた。
けれども、たぶんもっと下方向への意識が必要だったのだろう
と思った。
(もちろん、斜腹筋を使わないといけないので外への意識も必要)
某先生のレッスンで
1、胃を中に入れて
2、背中をひきつけて
3、お腹は支える
4、肩はリュックサックを背負うように下方向への力に抗うようなイメージ
という指示を頂いた。
四つも同時に言われて全部出来ないよ!
って思ったけど、
ひとつやると全部が出来てしまった。
というか、その形しか存在しない。
つまり、全ての体の使い方は独立したモノではなくて連動している。
それが体感出来たことが大きい。
まだまだ、不完全なので
反復練習が必要だし
ガチガチに力が入っている。
どこをどんな感じで抜けばいいのかも
加減が分からない。
時間はかかりそうだ。
が、とりあえず
何かが改革された事を実感している
それはあくまで改革であって
改善か改悪かは今の段階では分からない。
2007年
08月
13日
(月)
18:07 |
編集
すごく良い歌詞だし、良い曲だと思うけど、
あんなにやさしい歌を
朗々と歌うのは何か違う気がする。
声も固いし。
そんなにいかつい歌ではないだろうに・・・。
もっとやさしさが欲しい
等と、生意気にも思ってしまった。
あんなにやさしい歌を
朗々と歌うのは何か違う気がする。
声も固いし。
そんなにいかつい歌ではないだろうに・・・。
もっとやさしさが欲しい
等と、生意気にも思ってしまった。
2007年
08月
04日
(土)
01:03 |
編集
今日、たまたま大阪で仕事の研究会があったので
その足で国立文楽劇場に行って人形浄瑠璃を見てきました。
人形とは思えない表現、表情の豊かさに鳥肌が立ちました。
思っていたよりもダイナミックかつ繊細で、
動きのなめらかさ、細かさなど、独特の味があって
人間の芝居以上に表現の幅を感じました。
言葉にすると安っぽい表現になってしまうのがなんとも悔しい。
恋仲にある男女の踊りはとても妖艶でドキドキしました。笑
いや、マジで!
途中から人形である事を忘れていました。
世界文化遺産でありながら
とても分かりやすく
思っていたよりもハードルは低いですよ。
ストーリーは軽快かつ目茶苦茶(笑)。
江戸の庶民の娯楽というのも納得でした。
これははまりそうです・・・。
その足で国立文楽劇場に行って人形浄瑠璃を見てきました。
人形とは思えない表現、表情の豊かさに鳥肌が立ちました。
思っていたよりもダイナミックかつ繊細で、
動きのなめらかさ、細かさなど、独特の味があって
人間の芝居以上に表現の幅を感じました。
言葉にすると安っぽい表現になってしまうのがなんとも悔しい。
恋仲にある男女の踊りはとても妖艶でドキドキしました。笑
いや、マジで!
途中から人形である事を忘れていました。
世界文化遺産でありながら
とても分かりやすく
思っていたよりもハードルは低いですよ。
ストーリーは軽快かつ目茶苦茶(笑)。
江戸の庶民の娯楽というのも納得でした。
これははまりそうです・・・。
2006年
09月
28日
(木)
19:50 |
編集
最近、朝電車に乗るとセーラー服を来た女子高生を見かける。
そのたびに僕の頭の中で尾崎豊さんの
HIGH SCHOOL ROCK'N ROLLが流れる。
「セーラー服のLittle girl 小さな躰もみくちゃにされ
それでも夢見てるの 失う事ばかりなのに」
この歌は
縛られてばかり、自由のない
高校生活を批判的に歌った歌だけど
この部分は満員電車の描写によってそれを表現している。
歌詞の内容とか
途中で英語が入る辺りが
いかにも80年代という感じの歌詞だけど
けっこう好きでたまに聴く。
BOOWY(φがうまく変換出来ない・・・)
も好きで昔カラオケで歌っていたけど
今歌うとかなり違和感があるだろうと思う。
当時のロック特有の
途中に入る強引な英語とか
「つらいぜ」とか「やったのさ」等の
語尾「ぜ」とか「さ」とかが
すごく懐かしい。笑
歌詞や音楽もものすごく泥臭くて熱い。
「自分らしく行こう」
みたいなのが当時の流行だったように思う。
無意味に?派手な格好をするのは
個性の開拓だったのだろうと思う。
当時の世間には
個性より協調性が大事だ、みたいな風潮がかなりヒステリックにあって
それを疑問視する歌が流行っていた。
だから、反発する歌、エネルギーに溢れていた歌が多かった。
今の世の中は逆にヒステリックなくらい個性重視なんて言われている。
あまりに自由すぎて逆に困っている人も多いと思う。
自由に生きる方が遥かに難しい。
自由に表現できる分、今の方が音楽をやるのは難しいのかもしれない。
生きるのと同じで
自由に表現できるほうが遥かに難しい。
何かに反発する歌の方が方向が決まっていて作りやすいのではないかと思う。
今の音楽はスマートな感じがする。
声も軽くて熱唱する感じではない。
歌の内容そのものより、その形式というか、飾り方で個性を見出そうとしているのかもしれない
とも思ったりする。
(それが良いとか悪いとか言いたいのではない。性質の違いだから)
これからはどんな歌が流行るのだろう?
楽しみです。
「最近の歌はよく分からん」状態になりつつあるのだが
そういうおっさん的な人間にはならないようにしたい。笑
そのたびに僕の頭の中で尾崎豊さんの
HIGH SCHOOL ROCK'N ROLLが流れる。
「セーラー服のLittle girl 小さな躰もみくちゃにされ
それでも夢見てるの 失う事ばかりなのに」
この歌は
縛られてばかり、自由のない
高校生活を批判的に歌った歌だけど
この部分は満員電車の描写によってそれを表現している。
歌詞の内容とか
途中で英語が入る辺りが
いかにも80年代という感じの歌詞だけど
けっこう好きでたまに聴く。
BOOWY(φがうまく変換出来ない・・・)
も好きで昔カラオケで歌っていたけど
今歌うとかなり違和感があるだろうと思う。
当時のロック特有の
途中に入る強引な英語とか
「つらいぜ」とか「やったのさ」等の
語尾「ぜ」とか「さ」とかが
すごく懐かしい。笑
歌詞や音楽もものすごく泥臭くて熱い。
「自分らしく行こう」
みたいなのが当時の流行だったように思う。
無意味に?派手な格好をするのは
個性の開拓だったのだろうと思う。
当時の世間には
個性より協調性が大事だ、みたいな風潮がかなりヒステリックにあって
それを疑問視する歌が流行っていた。
だから、反発する歌、エネルギーに溢れていた歌が多かった。
今の世の中は逆にヒステリックなくらい個性重視なんて言われている。
あまりに自由すぎて逆に困っている人も多いと思う。
自由に生きる方が遥かに難しい。
自由に表現できる分、今の方が音楽をやるのは難しいのかもしれない。
生きるのと同じで
自由に表現できるほうが遥かに難しい。
何かに反発する歌の方が方向が決まっていて作りやすいのではないかと思う。
今の音楽はスマートな感じがする。
声も軽くて熱唱する感じではない。
歌の内容そのものより、その形式というか、飾り方で個性を見出そうとしているのかもしれない
とも思ったりする。
(それが良いとか悪いとか言いたいのではない。性質の違いだから)
これからはどんな歌が流行るのだろう?
楽しみです。
「最近の歌はよく分からん」状態になりつつあるのだが
そういうおっさん的な人間にはならないようにしたい。笑
2006年
09月
13日
(水)
00:08 |
編集
僕の趣味のひとつにピアノがある。
でも、あんまり最近弾いてない。
頭の中で
こう弾きたい、ああ弾きたい
というイメージばかりが先行して技術が追いつかない事にイライラする事が多い。
付け焼刃で身に着けた技術は衰えるのは早い。
研究室生活でまともに鍵盤を触らない生活が何年か続くと
一気に落ちた。
でも、感性は衰えない。
ピアノの技術はピアノを弾く事によってしか鍛えられないけど
音楽への感性とは
極端な話、庭の紅葉を見ただけでも研ぎ澄まされていく。
いろんな音楽に触れ
いろんな景色に触れ
いろんな人と出会う事で感性はどんどん広がっていく。
それに伴って
表現する事への欲求も、想像力もどんどん高まっていく。
でも、技術が追いつかない。
平日は弾けない。
休日だけ弾いても進歩がまるでない。
そのギャップにイライラしてしまう。
何とも情けない・・・。
腹が立つ。
そういうわけで最近さっぱり弾かなくなってしまった。
俺ってピアノが
本当に好きなのだろうか・・・。
それすら分からなくなってきた。
でも、あんまり最近弾いてない。
頭の中で
こう弾きたい、ああ弾きたい
というイメージばかりが先行して技術が追いつかない事にイライラする事が多い。
付け焼刃で身に着けた技術は衰えるのは早い。
研究室生活でまともに鍵盤を触らない生活が何年か続くと
一気に落ちた。
でも、感性は衰えない。
ピアノの技術はピアノを弾く事によってしか鍛えられないけど
音楽への感性とは
極端な話、庭の紅葉を見ただけでも研ぎ澄まされていく。
いろんな音楽に触れ
いろんな景色に触れ
いろんな人と出会う事で感性はどんどん広がっていく。
それに伴って
表現する事への欲求も、想像力もどんどん高まっていく。
でも、技術が追いつかない。
平日は弾けない。
休日だけ弾いても進歩がまるでない。
そのギャップにイライラしてしまう。
何とも情けない・・・。
腹が立つ。
そういうわけで最近さっぱり弾かなくなってしまった。
俺ってピアノが
本当に好きなのだろうか・・・。
それすら分からなくなってきた。
2006年
07月
25日
(火)
22:00 |
編集
この前先輩と話をしたことについて書いてみます。
「音楽とは聞き手に何かを伝えるためにある」
という事はずーっと昔から絶対的な真理として
僕の心に中にあります。
尾崎豊さんの曲に出会ってからかな・・・。
つまりは
音楽の目的は人を感動させる事にある。
ピッチをあわせるとか
和音を揃えるとか
そういう事は全て
表現し、伝え、感動させる為の手段でしかない。
何が目的かも分からず
ただひたすら
技術的なクオリティを高める音楽は
マニアを満足させる事が出来ても
多くの人の感動を呼ぶ事は出来ない。
それはもはや音楽とは呼べない。
と、断言してしまおう。
「音楽とは聞き手に何かを伝えるためにある」
という事はずーっと昔から絶対的な真理として
僕の心に中にあります。
尾崎豊さんの曲に出会ってからかな・・・。
つまりは
音楽の目的は人を感動させる事にある。
ピッチをあわせるとか
和音を揃えるとか
そういう事は全て
表現し、伝え、感動させる為の手段でしかない。
何が目的かも分からず
ただひたすら
技術的なクオリティを高める音楽は
マニアを満足させる事が出来ても
多くの人の感動を呼ぶ事は出来ない。
それはもはや音楽とは呼べない。
と、断言してしまおう。
2006年
06月
28日
(水)
18:01 |
編集
この前、知人と卓球をしました。
ずいぶん久しぶりでなかなか思うように打てませんでした。
さらに、面白い事に
遊びで試合をやったら体が縮こまってさっぱりでした。
別に何かを賭けているわけでもないし
ただの遊びなのに思い切った行動が全く取れず
ミスの連発でした。
その時に感じた事を二つほど・・・。
・リードすると守りに入ってしまう
リードされている時は
何も考えずに攻めれるのですが
いざ逆転すると守りに入ってしまいました。
ただの遊びなのに・・・。
恐らくオーストラリア戦での日本代表も
同じ気持ちだったのかもしれません。
(レベルが違うけど・・・笑)
いつもいつも、
終盤に追い上げる展開ばかりを潜り抜けてきたので
いざリードしてしまった時に
守りに入ってしまった。
リードする経験を
練習でなく
実践で経験出来たら違ってたのかもしれません。
・成功率の低い技は使う度胸がなくなる。
試合の後、
また遊びで打っていたら
試合では使わなかった技なんかがバンバン決まるわけです。
でも試合では失敗を恐れて使えませんでした。
そのうち単調な打ち返しになって
ミス連発。
何度も練習を繰り返し
千回やって千回成功するぐらいまで
精度を高めることで
初めて実践で思い切って使う事が出来るのでしょうね。
反復練習は大切ですね。
そう言えば・・・
ずいぶん久しぶりでなかなか思うように打てませんでした。
さらに、面白い事に
遊びで試合をやったら体が縮こまってさっぱりでした。
別に何かを賭けているわけでもないし
ただの遊びなのに思い切った行動が全く取れず
ミスの連発でした。
その時に感じた事を二つほど・・・。
・リードすると守りに入ってしまう
リードされている時は
何も考えずに攻めれるのですが
いざ逆転すると守りに入ってしまいました。
ただの遊びなのに・・・。
恐らくオーストラリア戦での日本代表も
同じ気持ちだったのかもしれません。
(レベルが違うけど・・・笑)
いつもいつも、
終盤に追い上げる展開ばかりを潜り抜けてきたので
いざリードしてしまった時に
守りに入ってしまった。
リードする経験を
練習でなく
実践で経験出来たら違ってたのかもしれません。
・成功率の低い技は使う度胸がなくなる。
試合の後、
また遊びで打っていたら
試合では使わなかった技なんかがバンバン決まるわけです。
でも試合では失敗を恐れて使えませんでした。
そのうち単調な打ち返しになって
ミス連発。
何度も練習を繰り返し
千回やって千回成功するぐらいまで
精度を高めることで
初めて実践で思い切って使う事が出来るのでしょうね。
反復練習は大切ですね。
そう言えば・・・
2006年
06月
21日
(水)
20:32 |
編集
久宝留理子さんのCDが中古屋で\500で売っていたので
懐かしさのあまり買ってしまいました。
1994年のCDですから
某○○ファミリーが日本音楽を汚すギリギリ前ですね。笑
今、改めて聞いてみると
けっこう時代が違うので
当時は最先端のかっこいい歌いまわしなんかも
今聞くと恥ずかしかったりします。
でも
表情がすごく豊かでびっくりしました。
懐かしさのあまり買ってしまいました。
1994年のCDですから
某○○ファミリーが日本音楽を汚すギリギリ前ですね。笑
今、改めて聞いてみると
けっこう時代が違うので
当時は最先端のかっこいい歌いまわしなんかも
今聞くと恥ずかしかったりします。
でも
表情がすごく豊かでびっくりしました。




